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「ペドラー」と通称される異星人とのコンタクトは、当初、人類の歴史を新たなステージへと推し進めるものと好意的に受け止められた。だが、人類との一切のコミュニケーションを欠いたまま、ペドラーから圧倒的に安価で、かつ大量に供給される人型機械・エグゾフレームは、わずかな間に人類の産業構造を脅かし始め、接触から数ヶ月のうちには、先進国においてエグゾフレームの規制を求める声が高まっていった。早くも2014年5月には、スイス・ザンクトガレンにて、アメリカ・EU・日本・中国などの代表が理事国となった地球外交易管理準備委員会が主体となり、世界34カ国による地球外交易規制協約「地球外ロボティクスシステムの交易に関するザンクトガレン・アレンジメント」(Sankt Gallen Arrangement on Trade Control for Extraterrestrial Robotics System)……通称、ザンクトガレン協定(SGATERS)が締結される。
一方、国内の機械製造業が弱く、それゆえエグゾフレームという安価な汎用機械の恩恵を強く受けていた発展途上国はこれに大きく反発。締結署名式の舞台となったザンクトガレンでは、大規模なデモが行われた。
以下は、条約締結の数日前に、反対運動のリーダー的存在であるNGO「地球外自由貿易ネットワーク」ワンジク・キバキと、ザンクトガレン地球外交易規制委員会局のJ・M・キャンベルとの間で行われた会談を抜粋したものである。会談の模様はウェブニュースメディア、サグスニュースなどでネット中継されたが、先進諸国の主要メディアではほぼ黙殺された。

(前略)
J・M・キャンベル

我々人類はいまだ異星人……ペドラーとのコミュニケーションに成功していません。彼らの目的は本当に通商なのか? それとも別の目的があるのか? いつまでエグゾフレームの取引を続ける気でいるのか? 一切、わかっていないのです。もし仮に、人類社会が過度にエグゾフレームに依存した段階で、ペドラーが交易を取りやめたら? 地球上のエグゾフレームがある日、突然すべて動かなくなってしまったら? 我々はなんとしても、異星人に人類社会の生殺与奪権を握られる事態を防がなければならない。そのためのザンクトガレン協定なのです。

ワンジク・キバキ

だから今すぐ全ての国でエグゾフレームを禁止しよう、すべての人々からエグゾフレームを取り上げようというのですか? 先進国の人々なら、それもいいでしょう。でも多くの国々でエグゾフレームに乗って学校に通う子供たち、エグゾフレームで井戸を掘り、畑を耕している人々はどうすればいいのですか? エグゾフレームを捨てて、元の生活に戻れというのですか。彼らにとってエグゾフレームは、すでに必需品になっているのですよ。

J・M・キャンベル

もちろん、そうした状況は我々も認識していますから、ザンクトガレン協定の批准にあたっては、大規模な経済援助プログラムを用意しています。

W・キバキ

経済援助?アフリカの多くの国の経済は、すでにみずからの手で成長を成し遂げようとしているのです。「貧困のアフリカ」という古いステレオタイプは捨てるべきです。援助などなくとも、エグゾフレームがあれば、この経済成長はもっと進むでしょう。それともエグゾフレームと同じだけの数の自動車を、ブルドーザーを、耕運機を、あなた方は同じ条件で取引してくれるというのですか? 不可能でしょう?

J・M・キャンベル

率直に申し上げて大変に難しいことは確かです。しかし、ペドラーの到来とエグゾフレームの提供が始まって以来、世界中の自動車や工事機械の会社が大きな打撃を受けています。世界各地で工場の閉鎖が相次ぎ、数十万を超える失業者が発生しています。このままでは大恐慌に繋がりかねない。そうなれば世界経済と、それによって立つ人類社会そのものが破滅的なダメージを受けるおそれがあります。グローバル化した現在の世界にあっては、アフリカの人々もけして無縁ではいられないのです。

W・キバキ

エグゾフレームのせいで先進国の車が売れなくなると困る。だから、私たちはエグゾを使わず、あなたたちの商品を買い続けろ、というのですか?

J・M・キャンベル

確かに現在、エグゾフレームから恩恵を受けている人々は大勢います。しかし、その負の側面から目をそらさないで頂きたい。それは先ほどお話した経済への影響に留まりません。より直接的な脅威なのです。当初、エグゾフレームの軍事利用の可能性は低いと考えられていましたが、低強度紛争地帯においては重大な脅威となっています。アフリカ、南米の各所でも、反政府組織がエグゾフレームで武装したことで、紛争が激化、民間人にも多数の被害を発生させています。先日も、アメリカーメキシコ国境では排外的な民兵組織によりエグゾフレームを使用した移民殺傷事件が発生、多数の死者を発生させる痛ましい事件が起こりました。

W・キバキ

先日の事件で犠牲になった方々とそのご家族の方には心から哀悼の意を表します。でも、そこで直接に人を殺傷したのは、エグゾフレームではなく民間に流通している銃でした。エグゾフレームを規制しなければならないなら、銃も同様ではないでしょうか? 私たちが問題にしているのは、その違いなのです。くわえて、確かにエグゾフレームが新たな脅威となっているのは事実ですが、それに対抗しているのも現地の軍隊や治安組織が運用するエグゾフレームなのです。仮にザンクトガレン協定を批准し、政府によるエグゾフレームの運用が不可能になれば、どうやってエグゾフレームで武装した犯罪者やテロリスト、反政府組織の脅威からは身を守れというのでしょうか? そうした地域の法と秩序を維持するためにも、エグゾフレームは必要では?

J・M・キャンベル

エグゾフレームをもってエグゾフレームに対抗しようとすれば、お互いがさらなるエグゾフレームを求め、人類社会は、ますますエグゾフレームへの依存を高めていくだけです。ザンクトガレン協定には、経済的な援助のみならず、地域安定のための法執行機関や軍隊の援助も含まれています。エグゾフレームという人類の脅威に対して、世界が一丸となってこれに対抗することが必要なのです。

W・キバキ

私が言いたいのは、すでに人類社会の半分にとって、エグゾフレームは、その生活基盤に深く根をはらせたインフラになりつつあるということです。みずからの生活、みずからの世界を支える機械を、人類社会の脅威と言われて納得できますか? アザニア共和国のライラ・レシャップ大統領は、ザンクトガレン協定の批准を拒否する考えを既に発表していますし、アフリカの諸国も、アフリカ連合としてこれに足並みをそろえる姿勢を見せています。ザンクトガレン協定が何をもたらすかは自明です。世界をエグゾフレームに頼らずとも生きていける人々と、エグゾフレームが必要な人々の間に深刻な対立を巻き起こすに違いありません。

J・M・キャンベル

我々もけして分断は望んでいません。その反対です。ペドラーは救世主でも篤志家でもない。いいですか? 彼らは、人類の理解を超えたテクノロジーの産物を、ほとんどただ同然に市場に流通させているのです。こうしたダンピングまがいの行為によって、現に私たちの社会は大きな打撃を受けている。これはまちがいなく、ひとつの侵略の形なのです。ですから、我々は全世界がひとつになって、対策を講じなければならないのです。

(後略)