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2014年、異星人ペドラーとのファーストコンタクト、そしてエグゾフレームの提供を受け、異星人とそのテクノロジーの積極的な活用と包括的な研究のために設立されたのが、アメリカ合衆国大統領行政府(EOP)の諮問機関、異星由来技術調査委員会だった。だが、エグゾフレームがもたらす産業・経済への深刻な影響から、経済界を中心にその規制を求める声が高まるなか、同年のうちに委員会は解散。その後、国土安全保障省のもとに、エグゾフレームによる交易の規制・監視・管理を目的とする地球外交易規制局が設置され、ザンクトガレン協定の成立にも国内外で大きな役割を果たすことになる。その局長を、実質的な母体である異星由来技術調査委員会から引き続いてつとめたのが、ジョージ・M・キャンベルである。異星人のテクノロジーに対してまったく正反対の姿勢をもった組織のトップを歴任した彼は、まさにエグゾフレームと時代に翻弄された人物である。キャンベルは2015年に、健康上の理由からその職を辞したが、我々サグスニュース取材班は、今回、当時の話を彼から伺うことができた。
※初出:サグスニュース(2022年)
※出典:サグスニュース・エグゾフレーム・アーカイブズ

(前略)

2014年。後にペドラーと呼ばれる異星人が我々地球人類にコンタクトしてきた時、我々の多くが、これは間違いなく人類の新たな時代の幕開けだと信じていた。恒星間航行を可能にした異星人と交流し、その途方もないテクノロジーの、たとえ一部だけでも手にすることができれば、我々が抱える多くの問題も魔法のように解決され、やがては我々地球人類も、将来、宇宙へ進出することができるかもしれない……と。
けして、無根拠な楽観ではなかったはずだ。現に彼らは、我々人類の言語で、我々に対して「通商」を呼びかけてきたのだから。
人類のフィクションは、これまで数え切れないほどの宇宙人を描いてきた。地球を征服し、人類を奴隷にしようと目論む邪悪なモンスターから、コミュニケーションが一切不可能な根本的に異なる存在まで。それに比べれば彼ら……ペドラーとの「ファーストコンタクト」は期待を抱くに充分だった。何せ彼らは、我々の言語を理解し、通商……経済活動という共通の概念を持ち、現に我々とそれを行おうとしているのだから。
彼らが石灰岩を対価にもたらしたもの……エグゾフレームに実際に触れたことで、我々の期待はますます大きくなった。そこに使われている数々のテクノロジー――たとえば意識制御技術のひとつとっても、とてつもないイノベーションとなるのは明らかだった。ペドラーが何故、石灰岩なんてものを求めたのかはわからなかった。だが、それが必要だというならかまわない。その技術を支える原理、ノウハウを教えてくれるなら、石灰岩の1,000キログラムどころか、その千倍、いや万倍払っても惜しくはない。我々だけではない、他のあらゆる国や企業がそう考えていただろうし、そして、それは達成できるものと考えた。なにせ、通商の申し出てきたのは彼らの方なのだ。交渉の余地はある。そう信じて疑っていなかった。

――実際には、ペドラーは2014年の一方的な呼びかけ以来、人類と一切のコミュニケーションを行っていません。

そのとおりだ。各国政府からアマチュア天文家まで無数の集団や個人が、ありとあらゆる手段でペドラーに呼びかけた。だが応答は絶無だった。我はペドラーの声を聞けり、我こそはペドラーから地球の支配者に選ばれた者なりと称する新興宗教の教祖は、今や両手どころか足の指まで使っても数え切れないがね。
近頃、月周回軌道の物体は、異星人の宇宙船などではないという声さえ聞く。あれは巨大な自動販売機のようなものに過ぎず、なかには宇宙人など乗っていないと。実際、彼らは最初の呼びかけ以来、1000キロの石灰岩とエグゾフレームの交換以外のことは一切していないんだ。そうだとしても、私は驚かない。

――極めて汎用性の高い作業機械であるエグゾフレームが、安価で大量に供給されることへの経済への影響は当初から懸念されていました。それに対し、異星由来技術調査委員会の考えは、異星人技術の解明により新たな産業が創出され解決されるはず、という楽観的なものでした。

率直に言って、我々はあまりに傲慢だったと認めざるを得ない。ペドラーがコミュニケーションに応じないなかでも、それならエグゾフレームを独自に解析すればいい、そう安易に考えていた。だが……すべては徒労だった。アメリカだけでもエグゾフレームの研究に費やした金額はアポロ計画のそれを上回る。他国や民間のそれを合わせればどれほどになるか。だが今日に至るもその成果はほぼゼロだ。エグゾフレームのリバースエンジニアリングを試みようとすれば、知的財産権の侵害としてペドラーからクレームを受けるかもしれない……そんなことを大真面目に議論していた我々は、いかに驕っていたか……。わずか38万キロ先の衛星に人を送るだけでも一苦労の我々が、どうして恒星間航行を達成した種族の技術を理解できると思ったのか……。

――設置からわずか半年も経たずに異星由来技術調査委員会は解散。それに代わって、エグゾフレームの規制を目的とする地球外交易規制局が設置され、その年のうちにザンクトガレン協定が締結されました。アメリカ合衆国のペドラーとエグゾフレームに対する態度は、2014年のうちに180度転換されました。

エグゾフレームの研究自体が打ち切られたわけではなかったがね……。それに、世間の反応はもっと早かった。接触から3ヶ月も経った頃には、先進国でのペドラーの存在は、人類に新時代をもたらす希望から、忌々しい商売敵に変わっていった。石灰岩1000キログラムの市場価格は――ペドラーとのコンタクト直後に多少、高騰したとはいえ――せいぜい100ドルかそこらに過ぎない。だがその対価のエグゾフレームは、軽車両であり、ショベルやブルドーザー、トラクターといった重機にもなり、そしていささか大きいが高性能な義肢の役割さえこなす。こんなものを百ドルかそこらで提供されたら、産業界はたまったものじゃない。最初に影響を受けたのは、発展途上国むけに輸出を行っていた中古建設機械業者だ。高い金を出して先進国のオブソリート、型落ち品を輸入せずとも、庭先に石灰岩をおいておけば、はるかに高性能な機械が手に入るのだから……。やがて影響は拡大し、自動車の輸出量は目に見えて下がった。「異星人バブル」で高騰した株式市場も一転、下げに転じた。放置すれば自動車業界をはじめ、多くの企業が倒産し、数十万、数百万の失業者が生まれるのは明らかだった。異星由来技術の解析による新たな産業の育成などというものが、到底間に合わないのも同様に。
……ペドラーが各国政府と交渉に応じ、もっと適切な「通商」の方法を構築できていたら、別の未来もあっただろう。だが……彼らは黙々と石灰岩とエグゾフレームを交換し続けただけだ。産業界や政府にとって、ペドラーは高性能な機械を異常な廉価で売りさばく、経済と産業の破壊者だ。しかも彼らには関税をかけることもできなければ、税金をとることもできない。もちろん独占禁止法を適用することも。地球外交易規制局が発足したのも、その後、ザンクトガレン協定によりペドラーとの交易が禁止されたのも、やむを得ない措置だったと思う。

――ザンクトガレン協定成立後、先進諸国の多くはエグゾフレームの排除に成功しました。その理由のひとつとして、多くのメディアに氾濫した「エグゾフレームの危険性」をめぐるニュースを指摘できます。「エグゾフレームに乗っていると異星人に洗脳される」とか「エグゾフレームの正体はトカゲの化け物で、使い続けると人間もトカゲになってしまう」といったものです。我々の入手した確度の高い情報に寄れば、上方の拡散には、大手の広告代理店やPR会社が携わり、各国政府とマスメディアが一体となって行われた「反エグゾフレーム」キャンペーンの一環だったと考えられます。一方、こうした明らかに誤った情報の氾濫について、当時の地球外交易規制局は沈黙を続けていました。

私たちもそれに携わっていたのではないか、と聞きたいのかね?

――実際には、そうした噂を裏付けるような客観的な証拠は一切、存在していなかった。局長だったあなたもご存じだったでしょう。氾濫する無責任なデタラメを否定することは容易だったのでは?

あまりに荒唐無稽な話だったからだ。真面目に相手にすれば、かえって「政府が真実を隠そうとしている」などという憶測を生みかねなかった。それだけだ。

――結果として、ザンクトガレン協定は締結され、先進国からエグゾフレームはほとんど姿を消し、そしてマスメディアも異星人に関する話題を提供することは少なくなりました。私たちのような少数のウェブメディアを除いて。一方、エグゾフレームの恩恵を受けた発展途上国は、アザニア共和国を筆頭とするアフリカ連合の加盟諸国などをはじめ、ザンクトガレン協定に反発。アザニアのレシャップ大統領は、そうした国々を集めて技術的経済独立会議を開き、エグゾフレームの利用こそが南北格差解消の鍵であるとする「技術的独立運動」(Tech-Indie Movement, 通称テックインディーズ)を宣言、結果的にエグゾフレームの利用をめぐり世界は二分されていきました。事実として、アザニアと足並みをそろえたアフリカ連合加盟諸国の近年の発展は目覚ましく、最近では、それを受けて、ザンクトガレン協定加盟諸国の中にも、エグゾフレーム規制を緩和する動きが出るなど、協定自体の形骸化が指摘されています。

異星人がこれからも永遠にエグゾフレームを供給し続けてくれる保証があるなら、アメリカにもまた、その選択肢があったかもしれない。だが、彼らが突然、いなくなったらどうなる。後には、エグゾフレームに依存し、みずから科学技術を発展させることを忘れてしまった人類が残るだけだ。いいや、それぐらいならいい。ペドラーは、通商を求める商人なのだ。我々の文明がエグゾフレームなしで成り立たなくなったところで、突然、エグゾが動かなくなり、再起動のために法外な対価を要求されたらどうする……? 商人というのは、それくらい平気でやる。私たち地球人類の歴史を振り返ってみればわかるだろう。
私の考えは今も変わらない。ペドラーと地球人類との間でコミュニケーションが成立し、適切な条件が結ばれるまで、エグゾフレームは規制されるべきだし、ペドラーとの通商も行うべきではない。もちろん、私がいくらこう叫んでも、もはや何の意味もないが。
我々地球人の立場は、グローバルな海外資本に翻弄される辺境の一都市のようなものだ。つまり、コズミック・エコノミーの翻弄される哀れな地球人だよ。グローバル企業が、地元の既存産業や雇用など一顧だにしないのと同じだ。あの日以来、彼らとの通商のせいで、地球はすべてかわってしまった。世界の秩序も、経済も、そして戦場も……。

――エグゾフレームの軍事利用の可能性については、異星由来技術調査委員会時代のあなたは否定的でした。

……。
いくら想像を絶する技術が使われているといっても、あれはわずか2.5メートルの人形に過ぎない。戦車や装甲車に対する脅威とはとても思えなかった。武装させてもせいぜいテクニカル(民生用の自動車を改造した即製戦闘車両のこと)程度の脅威にしかならないだろう、という報告に納得していた。誰にでも簡単に乗りこなせ、人間とほとんど同じことができて、どんな場所でも運用できて、いくらでも安く大量に手に入る。その恐ろしさを誰も……いや、彼らは……もしかしたら……最初から……。

――あなたが地球外交易規制局を辞任する一月前、アフリカのアンゴラ共和国カビンダ州で、アメリカ軍がエグゾフレームで武装した集団と交戦。その結果は世界に大きな衝撃を与えました。この事件に際し、局からあなたの名義で合衆国大統領宛にレポートが提出されています。カビンダ州の衝撃が覚めやらぬただ中です。それは、軍事的脅威としてのエグゾフレームを研究するべく、軍に試験的なエグゾフレーム部隊の創設を求めるというものでした。エグゾフレームの利用を規制するべき立場にある者が、ある意味で、みずから言を翻したともとれるわけで……。このレポートへの軍関係者の反発が、貴方の辞任に繋がったと……。

私の立場は一貫している。エグゾフレームを規制するためにも、エグゾフレームと異星人の研究は続けなければならない。「敵」を知らずにどうしてそれに対応できる。
それに、私の辞任は、事前に述べた通り、健康上の理由以外にない。これ以上、事前の連絡にない質問……詮索を続けるのなら、取材はここで切り上げさせて貰う。

(後略)